初対面の人によく「一番好きな漫画は何?」と訊ねてしまうクセがある。まあ中々に気持ちの悪いおじさんだと思う。大体若い人を中心に、男女問わず色んな人に訊くのだが、「一番好きな漫画は『ONE PIECE』」と答えた人は本当に少ない。ほぼゼロだ。プリン体かなにかですか。
いや、これはなかなか謎めいていると思った。日本一売れている、支持されている漫画なのになんで誰も好きって言わないの。という、割とどうでもよさそうな所から書いてみます。
漫画好きの『ONE PIECE』アレルギー
こりゃもう「売れているものを好きと言ったら負け」という不条理な不文律のせいである事は皆さんご承知の通りでございましょう。一つや二つ、心当たりがあるでしょう。
これはどうもね、オタク界隈に限った話ではないらしくて、老若男女問わず、日本中に蔓延してるらしいですよ。社会のマナーじみたものかね。
まあ中には「一周回って好き」などと嘯く無作法者もいらっしゃるけども、どこのトラックをどう回って好きになったのかキチンと説明してほしいですよ。お前絶対最初から好きだっただろ。素直になれ。
あれ何なんですかね。一番メジャーなタイトルを挙げる⇒他の面白い作品を知らない、って思われるとか?あーいや、思われるだろうな。っていうか思うよね。俺は思うよ。ごめん。反省する。
あとね、売れすぎちゃって評価が厳しくなる問題、もある。一番売れている=一番面白い、みたいな謎論理があるけど、そいつを逆手にとって「そんなに騒ぐほど面白くないだろ」的なひねくれ方しちゃってる奴とかね。
まあ気持ちはよくわかるんだけど、それって作品の面白さとは全然関係ない話だよなあ。そういうのいらないから、お前は『ONE PIECE』面白いと思うの、どうなの、って話だよ。
私の愛している漫画は絶対『ONE PIECE』より面白いのに『ONE PIECE』ばっかり騒がれるから『ONE PIECE』が嫌い。こんなとこまで行くと結構末期ですね。ちょっと世俗から離れてみてはいかがでしょうか。良いと思いますよ、出家。
さて、くだらない事をだらだら書きましたが、俺は『ONE PIECE』好きです。とてもよくできていると思うし、毎週ジャンプで読むのを楽しみにしている。しかし、一部のコアな漫画好きな人たちにはあまり好かれない作品かも、というのもわかる。とてもよくわかる。
『ONE PIECE』が好きになれない意見なんてのは、ちょっとネットで検索すれば、まーごろごろ出てくる。流石ね。売れてる作品はその揚げ足を取ろうとする方も大変多い。やれストーリーが王道過ぎるだとか、主人公の知能が残念になっただとか。なにもかもが感動・お涙頂戴で飽き飽き、なんてのもよく見かけるね。
俺は、この辺のなんやかんやを、擁護するつもりは一切ない。一切ないんだが、こういうの、結構業の深い話じゃないかなあと思っている。『ONE PIECE』がやたら叩かれている現状が、ではない。何故『ONE PIECE』はこういう漫画になったのか、という話だ。よーしやっと本題に入れそうだぞ。
少年漫画=ジャンプという風潮
さて、では、『ONE PIECE』の話をする為に、ジャンプの話をします。なんかこういうやり方、多い気がするね。気のせいだよ。空気読んで。
えー。あの。受け取る側の宗派によっては、完全に暴論になってしまうんだけど、もうこの現代日本において、少年漫画といえばジャンプじゃないですか。
ジャンプ以外の少年漫画は、ジャンプに乗り切れなかった少数派と、ジャンプ以外も読みたいマニアックな連中の為だけに用意された隔離区間みたいなもんよ。大体お前らは皆そこの住人でしょ。そこから出てくるんじゃないぞ。俺も同じ穴に住んでる。よろしくな。
わざわざ発行部数の差なんかを並べ立てるまでもないとは思うけど、一応ざっくり言っておこう。現在100万部以上の発行部数を保っているのはジャンプだけ。文字通りジャンプだけが桁違い。全盛期から比べたらそりゃ悲惨な状態ってのは、ジャンプも変わりないんだけどね。その辺の話は置いとこう。
はいそれでは次に少年ジャンプの歴史などを、かいつまんで書いていきますよ。少年ジャンプ原理主義者の皆様に於かれましては目玉焼きのレシピ並に退屈な内容かと思うので飛ばしていただいて結構。たった数行で読んでる人の属性をあっちこっちさせていくスタイル。かたじけないな。
そもそも少年ジャンプって、創刊時期で言ったら後発組なんですって。マガジン、サンデーが1959年に創刊されてて、ジャンプは遅れる事約10年、1968年に創刊。そういえば今年2018年は週刊少年ジャンプ創刊50周年だった。まあいいや。
そんな大昔のマガジンやらサンデーやらと言えば。手塚治虫や藤子不二雄、赤塚不二夫に横山光輝などなど、なんだか物凄い面々を連載陣として抱えていたわけですよ。凄いよね、レジェンド感。
一方ジャンプはと言うと、そんな両誌に対するカウンター的な存在だったらしいです。いや知らんけどな俺生まれてないし。
ただ連載されてる作品見ると、確かにそうかもな、と思える。当時のジャンプでメイン張ってたのは、永井豪とか本宮ひろ志とか。
こんなの100%パンクじゃないすか。反骨精神がむき出し。絶対やばい。漫画を売る為なら人類2、3回滅ぼしそうだよ。まあそういう雑誌だったんだと思います。なんでもありだったんですって。昔は。
そんなど根性の甲斐もあったりなかったりで。昔の話はさらっと流しますが。なんだかんだで70~80年代になりまして、『キン肉マン』や『北斗の拳』が出てくるわけですよ。この2タイトルだけで凄いよね無敵感が。他にも多くの大ヒット漫画を抱えててね。そっからはもう皆さんご存知の通り、ジャンプ黄金時代です。
なんでもありが強みのジャンプだったんだけど、ここまでくると「ジャンプらしさ」みたいなものが生れていたんだと思う。雑誌の方向性と言ってもいいかもしれない。
とは言え、人それぞれの「ジャンプ観」があるとは思うけどね。俺の場合はこれです、ずばり「わかりやすさ」。
言い方は違っても大体みんな近いトコに落ち着くんじゃないかな。ジャンプ is わかりやすい。とんでもねえアウトローなとこからスタートして、いつの間にか王道ど真ん中に落ち着いてしまったわけだ。なんか皮肉っぽいよね。
そして90年代。『DRAGON BALL』『SLAM DUNK』『幽遊白書』などの大ヒットでとうとうジャンプは発行部数650万部とかいう時代に突入しやがる。今では到底考えられない数字だわね。どうかしてたよ。
で、この時代、最前線で看板を張っていたのがみんな大好き『DRAGON BALL』。これはとにかくわかりやすい漫画だった。敵側にも事情があってさ、とか絶対やらない。大体敵は悪いやつで戦闘力は53万だからね。
ストーリーの妙とか、キャラクターの掘り下げとか、そういうトコで面白さを作ろうとしてなかったよなあ。わかりやすい演出と、超ハイレベルな画力で、どんな子どもでも熱中できるパワーがある作品だったんだ。
ただこの『DRAGON BALL』が連載終了しちまうと、ジャンプは少しの間迷走する事になる。30~40代の方はリアルタイムで経験されてる時代ですね。いわゆるジャンプ冬の時代。
この頃の少年ジャンプ主要連載作品をざっと並べてみるとちょっと面白い。
- 『るろうに剣心』
- 『すごいよ!!マサルさん』
- 『みどりのマキバオー』
- 『ジョジョの奇妙な冒険』
- 『BOY』
- 『地獄先生ぬ~べ~』
などなど。どうだろう。このラインナップ、俺には「王道」とはちょっと違う漫画ばかりに見える。
『みどりのマキバオー』は、やってる事はかなり王道ど真ん中なんだけど、馬だしなあ。『るろうに剣心』が孤軍奮闘、何とか王道っぽいものの形を支えている感じ。
ちょうどこの頃エヴァが大爆発を起こしてて、「なんかよくわからんっぽいもの」が流行っていた、なんて時代背景もあったりして。とにかくジャンプは売れなくなった。単純に、面白さが激減したのが一番の理由なんだろうけどね。
ともあれ、一刻も早く、王道ど真ん中のヒット作が欲しかったと思うんだ。だってエヴァみたいなやつを少年漫画でやっても、ジャンプを支えられる程のヒットにはならないもの。やっぱり次の『DRAGON BALL』が必要だったんだと思いますよ。
『ONE PIECE』は最初から背負ってる
そんで97年、『ONE PIECE』連載開始。やっと始まってくれたという感じ。大体、新連載の第1話ってよくできてるんだけど、その中でもちょっと群を抜いて面白かったと思う。
2話以降も減速する事なく、むしろ面白さは加速していき、瞬く間に看板漫画になった。
のだが。俺と同世代、『ONE PIECE』連載開始当時、高校生くらいだった人はこんな事を感じなかっただろうか。
『ONE PIECE』はガキっぽい、と。まず絵柄がちょっと幼いじゃない、初期は。今と比べて頭身やや低いしね。表情とか表現もかなり大仰に見えたりな。あと主人公が馬鹿みたいに元気だし。
当時の俺たちがそんな斜に構えちゃったりして、素直に『ONE PIECE』に乗れなかったのは、エヴァのせいじゃないかなと思うのよ。
この時代の事を書こうとすると、やっぱりどうしてもエヴァの話が出てきてしまうなクソッ。ちょうど『DRAGON BALL』と『ONE PIECE』の間にあるんだもの。なんかちょっと象徴的ではあるよね。
尾田栄一郎先生が当時どんな事を考えていたのかなんて全く知らないし、多分エヴァとか眼中になかったかも知れないけど、とにかく『ONE PIECE』はエヴァブームを一刀両断にしたんだな。「よくわからないっぽいもの」に乗っかっている奴を一切相手にしなかったんだ。
わかりやすくて面白い少年ジャンプ。黄金時代以降、培われてきた「少年ジャンプらしきもの」というイメージをそのまんま体現させた漫画、それが『ONE PIECE』だと思う。
世界設定はわかりやすいし、雰囲気はとにかく明るい。主人公のキャラクターも目的も実に掴みやすい。敵役はちゃんと悪い奴だし、きちんとぶっ倒されて読んでいて気持ちがいい。「これで良かったんだろうか」みたいな事は1ミリも考えさせない。隅から隅までポジティブさしかない。最高じゃないか。これこそ俺たちの待ち望んでいたジャンプなんじゃあないの。
ね。みんな大好き少年ジャンプ。それはイコール、尾田先生が描きたい『ONE PIECE』だったんだと思うよ。最初の内は。
あ、あと最初期のルフィについてもちょっと触れておこう。序盤のルフィってたまに知的で渋い事をするよね。いや、基本的には馬鹿なんだけどさ。ここぞという所では本質を見抜いてる、というか。
これって、尾田先生が抱いていた理想のヒーロー像を、かなりの割合でルフィ一人に注いだ結果だと思う。最初期の『ONE PIECE』って、ストーリーがとにかく気になる、とかではなく、どちらかと言うとキャラクターの面白さで引っ張ってるしね。
はい。そんな感じでですね。『ONE PIECE』は死にそうだった少年ジャンプを蘇らせましたよ、と。そんな『ONE PIECE』は、俺たちが思い描いていた少年ジャンプの象徴そのものたる漫画ですよね、という話でした。大分長くなってきちゃったけど、まだ続くぞ。
みんなジャンプ好きだよねー
『ONE PIECE』連載開始当時、尾田先生は20代前半。少年の心を忘れないで描く、みたいな事を公言されていて、そりゃ尾田先生ほどの天才ならばそれも可能でしょうよ、とは思う。
だがね、人間だし、何よりクリエイターだし、自分の変化とそれに伴う創作欲求には抗えまいよ。何が言いたいかと言うと、こんだけ長く連載してりゃやりたい事も変わってきますわな、という話。
こっから先の話は完全に俺の邪推になっていくので、気に障る人もいるかもしれないな。今更だけども。
とにかく『ONE PIECE』は長い。連載期間は20年を越え、コミックスも100巻では収まらなそう。ちょっとどうかしてるよね、ストーリー漫画で100巻とか。
で、その長い長い時間の中で、作品の在り方もちょっとずつ変わっていった。
世界は広がり、緻密な設定が増え、なんかよくわからん謎がばらばらーっと散りばめられた。キャラクターは敵味方問わず、深く深く掘り下げられるようになった。ストーリーの背景に薄暗い雰囲気を匂わせる事も今や珍しくない。
さてそうなると、だ。なんとなく、前段で書いた『ONE PIECE』像とは離れてきてるような気がする。気がするんだけど、わかりやすい漫画じゃなくなったのかって言うと、それもなんか違う。
『ONE PIECE』はいつだってわかりやすい。たまになんかおかしな時もあるけども、全体を通してはいまだにとってもわかりやすい少年漫画だよね。なんか矛盾してんのよ。
この矛盾したイメージが、尾田先生の天才性であり、また一方で『ONE PIECE』が嫌われる理由でもある、のではないかなと思うのです。
尾田先生はちょっと複雑な設定なんかを『ONE PIECE』でやってみたくなった。そりゃ30も過ぎてくりゃーそうもなるんじゃないの。しかしだからと言って、大好きな少年漫画の看板は外せない。外させてももらえないだろう。
じゃあどうするか。複雑な世界設定を盛り込みつつ、漫画全体としてはわかりやすく。こんなのもう主人公を生贄に捧げるしかない。そう、ルフィは犠牲になったのだ。
どれだけ作品世界の背景・裏側が複雑になっても、ルフィのやる事って全然変わらないでしょ。気に入らない奴をぶん殴る、ほとんどそれだけ。いや変わらないどころか、低脳化してるんじゃねーか、とさえ思う。初期に見せてた知性は一体どこへ行っちまったんだよ、ってみんな思ってるよね。あのコビーに殴られていたルフィはどこへ。
多分ね、ルフィの脳細胞は、設定が一つ増える毎に、グランドラインへ溶け出してしまったんだ。気の毒にね。
世界はどんどん複雑になっていく。一方でその線上に一切乗らない主人公。これで話を進めていけば、ルフィが馬鹿に見えるし、実際にそういう描き方をされちゃう。でもそのおかげで、勧善懲悪のわかりやすい少年漫画としての図式は保たれている。
もしルフィが作品の複雑化に伴い、知性を失わずにいたらば。それってみんなの想像する「ジャンプらしい漫画」になってますかね。少なくとも、一番の看板漫画らしくは、なくなってるんじゃないかな。
『ONE PIECE』は背負っている、と上の方で書いたけど、ちょっと違うかもしれない。『ONE PIECE』は憑かれているんじゃねーか。もう何十年も前に誰かたちが作り上げた「少年ジャンプらしさ」とかいう妄執じみたものに。
漫画の立ち位置というか、文化的な捉えられ方って、ここ数年で随分変わったなと思うんですよ。その変化の中で『ONE PIECE』は頑なに「俺たちの少年漫画」を守ってくれている。
そんでいつか『ONE PIECE』が最終回を迎えた時、俺たちが少年ジャンプに何を望むのか、というか、何かを望むのか。ちゃんと成仏できるといいですね、と思う次第です。
以上です。ありがとうございました。
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